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小池百合子の国会議員時代は権力志向の強い女性だったとの評判でした。それは、強い人と組むこと、弱くなった人とは離れていくことに現れているのでしょう。

 

その姿勢からは、「仁義や恩義」といった感性はないのでしょう。

 

ですから都知事になった後の都政でも、国政に参加した後の弱くなった人を使い捨てにしてしまう姿からも垣間見ることができますね。

 

では、その価値観は何によって培われたのでしょうか?生まれ育った生い立ちから解るのではないでしょうか?

小池百合子の議員前は?⇒小池百合子が若い頃、TV界の画像あり

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小池百合子の評判。政治家前の若い頃の性格は?

今の政治家は語りが多弁でなくては務まりません。無口な性格では国民に政策を正しい表現で伝えることはできません。(戦後は無口な政治家も多かった)

 

小池百合子は自分を語れる多弁性を持ち備えた女性です。その感性は幼少時代から培ったものなのでしょうか?

小池百合子の評判。小池の父は貿易業

小池百合子の父・小池勇二郎氏は戦後の闇屋から石油を扱う貿易会社をスタートさせました。

 

この父は、「山師的人物だった」との評判が多く、当時の財界の大物や、政治家のもとに勝手に押しかけて人脈を無理やりに築いていったそうです。

 

その姿を見て育った小池百合子ですから雄弁な小池百合子の感性は父の影響があったのでしょう。

 

父の石油採掘の事業はアラブの王族に知人がいると語って無理やり作った人脈に売り込んだと想像します。

 

その事業は安定性もなく危なさも含んでいたでしょう。人脈を使っての事業は戦後日本のお金持ちステップにある構図です。

小池百合子の評判。小池の母は。

その陰に隠れて小池百合子の母は苦労したことでしょう。ですから、・・

 

母は小池百合子に厳しく金銭感覚を叩き込んだと思います。芦屋のお嬢様ですから母は手作りで洋服を作り、見た目も美しく、聖女なお嬢様として教育したのでしょう。

 

しかし、高校2年生の頃、父の仕事は傾きはじめ不幸なことに家にまで借金取りが押しかけたそうです。

 

そんな状況では日本で学生生活を送ることができず、物価の安いエジプトへと向かったのではと言われています。

小池百合子の評判。若い頃のカイロ大学首席はホントなの?

カイロでは観光ガイドなどのアルバイトをし、金銭感覚にシビアだったそうです。

 

その一方、いつも小奇麗な格好をしていて素敵だったそうで大使館や駐在のマスコミ関係者に接点を持って過ごしたそうです。

 

小池百合子はカイロ大学を4年間で卒業し、しかも首席だったと雑誌等で述べていますが専門家の方は疑問視していますね。

 

カイロ生まれのタレントの方が、カイロ大学を卒業した語学力とは思えないとツイートしたので炎上騒ぎが起きました。

 

この件は小池百合子自身が「カイロ大学卒業時、教授の一人(すでに他界)から成績はトップだこのまま大学院へと進んだらどうか」と言っております。

 

この話を聞いてやはり小池百合子は弁明の上手な方だな、そんな思いを持ちますね。

 

すなわち最初の発言を信じてはいけない、そんな政治家の素地はこの時から持っていたのでしょう。

小池百合子の評判。若い頃の政治家活動は?

2005年の内閣は、第二次小泉内閣でした。
(2004年9月27日~2005年9月21日)

 

小池百合子は小泉内閣の「環境大臣」でした。

当時、小池の選挙区は兵庫県尼崎市に隣接する兵庫六区選出の衆議院議員だったのです。

小池百合子の評判。アスベスト環境問題

そして、当時の環境問題はアスベスト関連肺癌でした。発生元はクボタ神崎工場で兵庫県の尼崎市です。

 

夫をアスベスト関連肺癌で失った家族会が小池百合子議員と環境省の役人が同席する中で話し合いがようやく持たれた時期でした。

 

家族会の一人が、小池大臣、あなたのホームページを読んだら、「崖から飛び降りてでも自ら風を起こす」と書いてありました。

 

今日はこの場に、崖から飛び降りる決意で来て下さいましたか?との質問後、小池百合子は小さな声で「ハイ」と答えたそうです。

 

皆さまの声を受け止めて、一日でも早く安心を届けることを約束します。「救済法」の立法作業を急ぎます。と発言し家族会を喜ばせたそうです。

 

その後、テレビカメラが入ると、都知事戦のパーフォーマンス同じだったそうです。

 

その後、家族会の期待は裏切られます。民主党議員の田島一成が質問すると、

 

「小池大臣は」・・・いいえ言ってませんよ。

 

家族会は激怒したそうです。小池の嘘つきと・・・

 

共済法の立法作業は時間がかかるし、財務省が絡みますので環境省を越えての根回しや党内調整も必要だと聞いております。

 

今でも同じ構図でしょうが財務省を説得するなどの重い仕事不得意なのかも知れません。

小池百合子の評判。環境問題の軽作業・クールビズの評判

夏の薄着の推奨・「クールビス」小池は熱心に取り組みます。それは楽しいイベントの延長として行えるからです。

 

首相の小泉純一郎、豊田会長の奥田碩(ひろし)、オリックス会長の宮内義彦ら旧知の財界人に出演を依頼して「クールビズファッションショー」を開いたのです。

 

政治家を志す方は、日本の国をよくする理念があって、それを実現するには長い月日を要すけどその準備をいつもしている人でないと務まらないと思います。

小池百合子の評判。政治家小池の2016都知事選

2016年の7月31日、多くの都民は松添前都知事の都民の為の都政からかけ離れた公私混同の素行にうんざりし、都政改革を声高々に都民の心を掴んだ小池百合子に一票を入れた方は多かったと思います。

 

そうです、私もその一人です。

小池百合子の評判。都知事選の評判は?

都知事選に立候補する前の自民党時代の環境大臣や防衛大臣時代の政治家としての評判も良くなかったですね。

 

都知事選で聞こえてきたのは、ワンワードの「崖から飛び降ります」でした。

 

緑の服に身を包み、戦闘服で挑んだ街頭演説で自民党と決別して都知事選に臨む覚悟は語っていました。多くの都民の関心は自民党を敵にしても戦う女性の姿に「あっぱれ!」と評したのだと思います。

 

しかし文春が暴いた小池百合子の本質は、この「崖から飛び降ります」にあったのです。

(※詳細は月間文春新年特別号をお読み下さい。)

 

2005年の環境大臣時代の小池百合子は兵庫六区選出の衆議院議員でした。その時代にある被害者救済活動の嘆願を受けて、
引用:文春

皆さんの声を受け止めて、一日も早く安心を届けることを約束する。
救済法の立法作業を急ぎます。きめ細かい救済を目指します。
「崖から飛び降ります」

と発言し、マスコミが入ると熱弁を振るったそうです。(前述しましたが再度記載します)

 

しかし、国会ではその法案は骨抜きにされてしまい、野党の質問に救済発言を反故してしまうのです。
小池百合子の答弁

「いいえ、言っていません」

泣きく崩れる被害者の妻、そんな中を小池百合子は微笑みを残して立ち去っていったそうです。

 

私たち都民はその事実を知りませんでした。マスコミもクローズアップしていません。都議会自民党と戦う女性知事誕生か?その一点でしたね。

小池百合子の評判。忘れてしまった都知事選。

都知事選は、自民党推薦の増田寛也氏、民進党推薦の鳥越俊太郎氏、実質はこの三名で都知事の椅子を争いました。

東京2020オリンピック・パラリンピックで膨れ上がった工事費、そして不透明な築地・豊洲問題は都民が振れてはいけない雰囲気でした。

 

都議会自民党への不信感などの問題を一気に解決してくれるとの期待を都民は小池百合子に託したのです。

 

そして、その選挙を全力で応援したのが都議会会派の「かがやけTOKYO」に所属していた都議の音喜多駿氏と上田令子氏でした。


音喜田さんの存在をこの時に知った都民も多かったと思います。音喜田さんもTVなどに出演する回数も多くなりました。

 

とにかく都政は、自民党都議連の主導で全てが進められていたのは事実で音喜田さんも小池さんに託した一人だったと思います。

小池百合子の評判。都知事立候補の2つの言葉

崖から飛び降ります。ジャンヌ・ダルクになります。

 

実はこの「ジャンヌ・ダルクになります」の言葉も上田さんが選挙カーに立って演説した「小池さんは都政を変えてくれる方、救世主ジャンヌ・ダルクです」からパクった言葉だったのです。

 

そして小池百合子は圧倒的な都民の指示で東京都知事に選ばれました。

 

投票率は59.73%で(男58.19%、女61.22%)小池百合子さんは2,912,628票を獲得しました。得票率は44.49%でした。

小池百合子の評判。政治家都知事の初仕事

オリンピック会場の見直しと豊洲移転の見直しが公約ですね。とにかくこの2点を都知事選終了後に連日マスコミは報道していました。

 

オリンピック会場決定のプロセスや豊洲市場の必要性などの本質的な事は触れずにマスコミは現象面だけをクローズアップし小池百合子都知事もその事は派手に応えていました。

 

劇場型都知事選に酔いしれて都民もまだ小池百合子さんの本質を見抜けなかった。さて、4年後の東京五輪と都知事選はどうなっているでしょうか?

 

これで終わりではありませんからね。

小池百合子の評判。政治家小池のまとめ

小池百合子さんは、一瞬のパフォーマンスで世論を誘導し自分の考えを訴える手法にかけています。ですが、やはり最近の多くの国民は政治への関心も高くすぐに見抜きます。

 

長い友人ではあるが親友ではないとおっしゃる人材派遣会社会長の奥谷禮子さんは、小池百合子さんとは古い付き合いだけど「政策や国家間は聞いたことがない」と言っております。

 

つまり、奥谷さんの小池人間観察は、内面を決して見せない人だから深くは知らない。と言います。

 

1950年代生まれの昭和の女性。この時代は大学に進学し在学中に婚約して卒業と同時に結婚するのが当たり前の時代でした。

 

そんな風潮の中、女性が社会で活躍できる条件は、皆、自分の才能や専門性に力を注ぎ勝負をしていました。

 

奥谷さんは、作家の林真理子、吉永みち子、香山リカとも親交があります。ですが小池評は「深い専門性を有していない」とキッパリと切ります。

 

ですから結果的には次のステージを求める生き方になったのでしょう。と語っています。TVのキャスターは華やかだけど使いすての職業になっていました。

 

だから次のステージ政界へと「とらばーゆ」したのでしょう。そしてその政界でも「党のとらばーゆ」をして自らの存在を示していたのです。

 

小池百合子さんの今は「都知事へとらばーゆ」しました。さて、次のとらばーゆのステージはあるのでしょうか?答えは2020年です。